忙しいベテランを、どう巻き込むか

名義:roto

1. 答えを持つ人が分かっても、仕事は進まない

第1記事では、若手が困っていることも、その答えを持つベテランが誰かも分かっているのに、本人を通さなければ知識を使えない構図について書いた。

第2記事では、良いプロンプトを集める前に、使うAIが何をできるのかを知る必要があると整理した。

AIが扱える範囲と、まだ人の経験に残っている範囲が見えたところで、私はもっと手前にある問いにぶつかった。

答えを持っているベテランが忙しそうなとき、どうすれば知識継承の活動へ参加してもらえるのか。

上司から協力するように言ってもらえば、予定は確保できるかもしれない。けれども、それを最初の方法にしてよいのか。どのような態度で相手と向き合えば、経験を整理する仕事に納得して参加してもらえるのか。

ここから先は、これから活動の中で試し、修正していく仕事設計として書く。効果はまだ確認していない。

2. 「知識を引き出す」という言葉への違和感

暗黙知の継承について考えると、「ベテランから知識を引き出す」という表現を使いたくなる。私自身も、この企画を考え始めたときには、その言葉を使っていた。

しかし、依頼される側から見れば、少し違った景色になる。

通常の仕事ですでに忙しい。そこへ、自分が長い時間をかけて身につけた判断を、分かりやすく説明してほしいという依頼が来る。整理した内容は別の場所で使われるが、自分に何が返ってくるのかは分からない。

これでは、知識を組織へ残す活動というより、知識を持つ人から都合よく採取する活動に見えても不思議ではない。

丁寧な依頼文を書くだけでは足りない。どれくらい時間がかかり、何に、どこまで使われるのか。本人が内容を確認できるのか。断ったり、延期したりできるのか。そして、参加した本人に何が返るのか。

こうした条件が見えないままでは、「協力してください」という一言の負担が大きくなる。

3. 上司の関与を、命令だけで終わらせない

組織の活動である以上、管理職から協力を依頼してもらう場面はあると思う。必要な時間を正式な業務として確保するには、上司の関与が助けになることもある。

それでも、最初から命令だけで進めるのは避けたい。上司に言われれば、質問には答えてもらえるだろう。けれども、知りたいのは手順書に書かれていない判断や、迷った理由、例外に気づく観点、失敗から変えたことまで含む経験である。

本人が活動の目的や使われ方に納得していなければ、形式上は回答が集まっても、判断の背景までは届かない可能性がある。

まず参加しやすい条件をつくり、組織として必要なら、正式な役割と時間を設定する。上司には、活動に必要な時間と責任を組織側で引き受けるために関わってもらう。相手を動かす近道にしてはいけない。

4. 最初の依頼を軽くする

忙しい相手に協力を求めるなら、最初から「経験を全部教えてください」と頼まない。

まず一つの事例に絞り、十五分程度で終わる依頼から始める。

その前に、依頼する側が既存の手順書、過去資料、すでに共有されている記録を調べておく。資料を読めば分かることを、本人へ最初から説明してもらわないためである。

依頼するときには、少なくとも次の点を先に示す。

  • 今回扱いたい事例
  • なぜその人へ聞きたいのか
  • 予定している時間
  • 整理した内容の利用範囲
  • 後から本人が確認できること

もちろん、十五分で十分とは限らないし、一事例から始める方法がすべての現場に合うとも限らない。数字そのものより、依頼の終わりが相手に見えることのほうが大事だ。

「少しだけお願いします」では、少しが何分なのか分からない。「経験を教えてください」では、どこまで話せば終わるのか分からない。依頼する側が範囲を決めることで、相手は参加に必要な負担を判断できる。

5. 本人へ確認を返す

聞いた内容は、AIや別の担当者が整理できる。

ただし、整理した文章が、本人の意図と同じとは限らない。話の一部だけが強調されたり、例外だった判断が標準手順のように見えたりすることもあり得る。

整理した内容は本人へ返し、確認や修正ができるようにする。

完成文を見せる目的は、礼儀を示すことにとどまらない。自分の経験がどのような意味で記録され、誰に、どこまで使われるのかを本人にも確かめてもらい、認識のずれを直すためである。

確認前の内容を勝手に公開しない。本人から「この部分は文脈がないと誤解される」と指摘されたら、補足するか、利用範囲を見直す。後から状況が変わったときに、誰が更新するのかも決めておく。

話してくれた本人に、文章化まで背負わせる必要はない。聞き手が下書きを作り、本人には判断がずれていないかを見てもらう。AIに任せたいのは、本人の判断ではなく、聞き手が下書きを作る作業である。

6. 相手にも利益が返る形にする

知識継承の利益が組織や若手にしかないなら、忙しい人が進んで参加する理由は生まれにくい。

同じ質問への回答を繰り返す時間が減る。説明した内容を自分の引き継ぎにも使える。判断の背景が記録され、誤った使われ方を修正できる。こうした形で、協力した本人の仕事にも返る可能性がある。

「将来、質問が減ります」と約束するだけでは弱い。実際に整理した資料を本人にも返す。次に同じ質問が来たとき、その資料を案内できる状態にする。使ってみて不足があれば、更新を依頼する窓口を決める。

相手に返すものを具体化して初めて、知識継承は一方的な持ち出しではなく、双方の仕事を整える活動になっていく。

何がベテラン本人にとって役に立つかは、立場や仕事の状況によって変わる。依頼する側で決めつけず、本人に確かめたい。

7. 礼儀とは、参加条件を設計すること

忙しいベテランへ丁寧な文章を送ることは大切だ。けれども、言葉遣いだけを整えても、負担や利用範囲が曖昧なままなら、参加しやすい依頼にはならない。

先に調べ、時間と範囲を区切り、使い道と更新責任を明らかにし、本人に確認を返し、勝手に公開せず、相手にも利益と断る余地を残す――それが、この企画でいう「人への礼儀」である。

答えを持つ人が分かったあと、すぐに質問を並べるのではなく、まず、その人が無理なく参加し、自分の経験の扱われ方を確認できる状態をつくる。

その条件が見えてから、何を、どの順番で聞くかを考える。

次回は、ベテランへいきなり質問票を渡すのではなく、AIと一緒に質問を組み立てる方法について書く。