AIに聞けばいいと思った。でも、答えはベテランの頭の中にしかなかった

名義:roto

1. AI活用を進めようとしていた

社内でAI活用相談会を開き、AIを使った提案力向上につなげる。そのために、部門を横断して使えるナレッジ基盤をつくれないか。私は、そんな活動の設計を考えていた。

AIに質問すれば、必要な答えを得られる。まずは使う人を増やし、実際に触ってもらえば、仕事での使い道も自然に広がっていく。私は最初、そう考えていた。

ところが、活動のために現場へヒアリングしてみると、想定していた入口で止まる人が多いことが見えてきた。

「AIを活用したいけれど、どうやって使えばよいか分からない」

これは、特定の誰かの発言をそのまま引用したものではなく、ヒアリングから私が受け取った内容の要約である。操作が難しいという話だけではない。自分の仕事のどこにAIを使えるのか、その入口自体が見えていなかった。

私はここで、最初の見立てを少し変える必要があると感じた。これは単純な「AIに慣れていない」という問題ではないのかもしれない。

2. 何に使えばよいか分からない

仕事上の困りごとは、いつも明確な質問の形で現れるわけではない。

判断に時間がかかる。手戻りが多い。ある案件だけ確認回数が増える。過去の例を探しても、今回に当てはめてよいのか決められない。本人は不便を感じていても、それを「AIに依頼できる作業」に言い換えるのは簡単ではない。

しかも、若手が分からないのは、手順書を読んでいないからとは限らない。資料には基本の流れが書かれていても、「この条件なら先に確認する」「この場合は数字だけで決めない」「似ているように見えるが、ここが違う」といった判断は、日々の会話の中で補われていることがある。

ヒアリングで受け取った「何に使えばよいか分からない」という内容は、AIの機能を知らないという意味だけではなかった。仕事を進めるために本当に必要な判断が、どこまで言葉や資料になっているか分からない、という問題も含んでいた。

3. 困りごとの答えはベテランが持っていた

ヒアリングを続けると、別の構図が見えてきた。若手が何に困っているかも、その答えを持つベテランが誰かも、現場では分かっていた。

誰も答えを知らないわけではない。誰が属人化した知識を持っているかまで分かっている。けれども、その知識は共有されておらず、ベテラン本人を通さなければ使えない状態だった。

ここまでは、現場で確認できた事実だった。

これは、ベテランが知識を抱え込んでいるという単純な話ではない。経験から身についた判断は、質問されて初めて言葉になることがある。例外をすべて先回りして文書にするのも難しい。通常業務を抱えながら、過去の判断を整理し続ける時間を取るのも簡単ではない。

若手側にも、ベテラン側にも、それぞれ合理的な事情があるのだろう。ヒアリングで見えたのは、知識は確かに社内にあるのに、必要な場面で本人以外が使える形にはなっていない、という状態だった。

4. 問題は検索ではなく、知識の通り道だった

そこで、設計しようとしていた部門横断のナレッジ基盤についても、見方を変える必要が出てきた。社内資料を検索できるようにして、AIへ質問すれば答えが返る。それだけでは、困りごとは減らないかもしれない。

しかし、検索できるのは、何らかの形で残っている情報だけだ。

判断の理由が記録されていない。失敗した条件が共有されていない。似た事例を分ける観点が、本人の経験の中にしかない。その状態では、検索の入口を便利にしても、必要な答えには届かない。

ここから先は、私の解釈である。現場で起きていた問題は、「答えが見つからないこと」よりも、「知識が本人を経由しないと利用できないこと」だった。問題は検索性能ではなく、知識の通り道にあった。

誰が知っているか分かっていることと、その知識を組織で使えることは同じではない。

人の名前が検索結果になる組織では、最後はその人に質問が集中する。若手は確認待ちになり、ベテランは同じ種類の相談に繰り返し対応する。知識を渡す経路が一つしかないことが、双方の仕事を止めやすくしている。

5. AIだけでは解決できない理由

AIは、渡された資料を要約したり、複数の情報を整理したりすることはできる。

けれども、記録されていない経験を、何もないところから組織知へ変えることはできない。

AIがもっともらしい答えを作れたとしても、それが現場で積み重ねられた判断と一致するとは限らない。過去に何が起きたのか、なぜ通常手順から外れたのか、どの条件なら止めるべきなのか。材料が渡されていなければ、AIはその組織固有の事情を知りようがない。

だから、AIを入れれば暗黙知の問題も自然に解決する、とは言えない。むしろ、AIに何を渡せる状態なのかを確かめることで、これまで人の間の会話だけで支えられていた部分が見えやすくなる。

AIは、知識継承を自動で終わらせる装置ではない。どこに知識があり、何がまだ言葉になっていないかを映す鏡にはなり得る。私は今のところ、そう捉えている。

6. 次に考えるべきこと

ここまでで見えたのは、AI導入の前後に、ベテランの経験をどう扱うかという仕事設計が必要だということだった。

ベテランの経験を、本人の負担を増やすだけの形にせず、どう扱うか。若手が置かれた具体的な状況と結びつけながら、判断の条件や理由をどう残すか。そして、残した内容を誰が確認し、どこまで使えるものにするか。

具体的な方法は、まだ検証していく必要がある。経験を文書にすれば十分なのか。事例単位で残すほうがよいのか。AIは整理のどの部分を支援できるのか。これは現時点では答えではなく、これから確かめる仮説である。

ただし、少なくとも順番は見えてきた。

「どのAIを導入するか」だけを先に決めるのではなく、「仕事に必要な知識はどこにあり、今は誰を通って流れているのか」を見る。AI活用を考えることは、仕事の中にある知識の経路を見直すことでもある。

7. 次回予告

では、AIを仕事で使うとき、私たちは何から理解すればよいのか。

次回は、良いプロンプトを集める前に、使おうとしているAIが何をできて、何をできないのかを把握する必要がある、という話を書く。